東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1818号 判決 1968年8月30日
理由
一 本件家屋が控訴人の所有であつたところ、同家屋につき、被控訴人津村文次郎のために東京法務局世田谷出張所昭和四〇年一〇月二七日受付第三二二二九号をもつて売買を原因とする所有権移転登記がなされ、次いで被控訴人横山泰賢のために同出張所昭和四一年二月三日受付第二八四二号をもつて売買を原因とする所有権移転登記がなされている事実は当事者間に争いがない。
二 よつて、まず、被控訴人ら主張の本件家屋につき控訴人代理人斉藤三枝と訴外斉藤初子との間に被控訴人主張の消費貸借ならびに停止条件付代物弁済契約が締結された事実の有無を検討する。成立に争いのない乙第一号証、原審及び当審証人斉藤初子、原審証人斉藤三枝(後記採用しない部分を除く)の各証言を総合するに、控訴人の妻斉藤三枝は、控訴人の代理人と称して訴外斉藤初子より昭和三九年七月一四日借主を控訴人とし、自ら連帯保証人となつて金三五万円を、返済期同年一二月末日、利息月五分の約定で借受け、該債務担保のため本件家屋に抵当権を設定し、かつ、債務を期限内に返済しないときは、本件家屋の所有権を初子に移転する旨の停止条件付代物弁済契約を締結し、その際控訴人及び自己の氏名を連記し、右両名の実印をそれぞれ押捺した金員借用抵当権設定契約証書、本件家屋の登記済権利証、控訴人名義の白紙委任状及び印鑑証明書を初子に交付したこと及び初子は同月一六日右契約証書、委任状等を使用して抵当権設定登記及び所有権移転仮登記等を了したことが認められる。原審及び当審証人斉藤三枝の証言中右認定に抵触する部分はにわかに採用できない。そこで、右契約締結につき妻三枝に控訴人を代理する権限があつたかどうかの点について検討するに、右各証言及び成立に争のない乙第三号証原審証人斉藤三枝の証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果(いずれも後記採用しない部分を除く)を綜合すると、控訴人が昭和三四年一〇月八日本件家屋を訴外花岡由五郎より買受けるにあたり三枝が売主との交渉一切を委ねられ控訴人の代理人として売買契約を締結し、その直後の同月一六日三枝が本件家屋を担保として城南信用金庫から金四〇万円を借受けるに際しても、三枝が控訴人の代理人として同金庫との間に抵当権設定契約を締結したこと、控訴人は、昭和三六年中に本件家屋を約七〇万円の費用を掛けて増築した際、その費用に充てるため同年一〇月頃控訴人の勤務先である警視庁関係から住宅資金を借入れたほか、本件家屋に抵当権を設定して城南信用金庫より三枝名義(同信用金庫の定期積金口座が同女名義になつていた。)で四五万円を借入れたがそれらの借入手続一切には三枝が控訴人の代理人としてこれに当つたこと、本件家屋の増築部分は、賃借人より徴すべき、権利金及び敷金をもつて右借入金の弁済に充てるために昭和三七年三月頃店舗として訴外吉田某に賃貸せられたが、右賃貸借の条件も控訴人を代理してこれを取極めたこと、しかるに、吉田より徴すべき権利金八万円敷金三二万円のうち敷金が後に月賦支払に改められたため、当初の弁済の予定に狂いが生じた結果、三枝は、右信用金庫からの借入金の支払に充てるためにその妹から四〇万円を金借したが、その後同女からもその返済を迫られ初子からの前示三五万円の借入は妹からの借受金の返済に充てるためものであつたこと及び控訴人は、前記信用金庫よりの借入金の弁済に関しては、与り知ることなく、これを三枝に一任し三枝は控訴人の実印を随時使用しうべき状態に置かれていたこと以上の事実が認められ、右認定に反する前顕証人斉藤三枝及び控訴人本人の各供述部分は採用しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
上記認定の事実によれば、控訴人は少くとも本件家屋増築のための前示借入金の弁済に関し、他よりの金銭の借用並びにそのための本件家屋を目的とする停止条件付代物弁済契約を含む担保権の設定について、妻三枝に代理権を付与していたものと認定するのが相当であるから、三枝が控訴人の代理人と称して初子との間になした前記契約の効力は控訴人に及ぶものというべきである。
三 控訴人は、右停止条件付代物弁済契約締結当時における本件家屋の価格が敷地の借地権の価格を含めて二五〇万円であるから、三五万円の債務の弁済に代えて本件家屋の所有権を取得するのは暴利行為であり民法第九〇条により無効であると主張する。しかして原審証人斉藤初子の証言中には本件家屋の価格が敷地の借地権の価格を含めると二五〇万円ないし三〇〇万円である旨の供述部分があるけれども、右供述はなんらの客観的資料に基づかない個人的見解に過ぎないと認められるばかりでなく、成立に争のない乙第六号証、原審証人斉藤三枝、原審における控訴人本人訊問の結果によつて認めえられるように右契約当時控訴人は警視庁巡査であり、また、三枝は安田生命保険会社に月掛外勤職員として勤務していて初子とは住所が近く、しかも子女の学校の関係で互に親しい交際をしていた事実からすれば、初子が三枝の軽率または窮迫に乗じて本件代物弁済に関する契約を締結させたものとも認めがたい。さればこの点に関する控訴人の主張は採用の限りでない。
四 ところで本件の場合のように抵当権設定契約とともになされた停止条件付代物弁済契約は、特設の事由のないかぎり、代物弁済の予約と解すべきところ、権利者である初子が予約完結権の行使をしたことにつき被控訴人らのなんらの主張、立証もない。のみならず、仮りに右契約が、控訴人の前記借受金返還債務の不履行を停止条件とする代物弁済の本契約であるとしても、原審及び当審証人斉藤初子原審証人斉藤三枝の各証言及び右各証言により成立を認める甲第一、二号証並びに弁論の全趣旨を綜合すると、初子は控訴人代理人三枝に前記三五万円を貸渡した直後(前記抵当権設定等の登記完了後)さらに同人に金四万円を貸しつけたが、昭和三九年一二月中控訴人代理人三枝の懇請により、それらの貸金の返済を猶予し、さらに翌四〇年三月一日未払利息を複利計算により元本に組入れて元本額を五六万円とする金銭借用証書を三枝に差入れさせたが、その際も返済期については、そのうちに払うという程度の話合いをしたのみで確定期限を定めなかつたこと及び控訴人は、それ以後昭和四〇年一二月二八日まで利息を支払つていたがその後三枝が本件家屋につき被控訴人津村に所有権移転登記がなされている事実を知つて初子を詰問し、初子は該事実の不知をもつて弁解したが、そのため今日に至るまで初子は控訴人に対する貸金の利息の支払も元本の返済も請求せず、専ら本訴の帰すうを見守つている事実が認められるので、被控訴人らにおいて被控訴人津村が本件家屋の所有権を取得した日と主張する昭和四〇年一〇月一〇日以前に控訴人代理人三枝と初子との間の代物弁済契約に附された停止条件が成就したものとはなし難い。以上いずれにしても昭和四〇年一〇月一〇日以前に本件家屋の所有権が控訴人から初子に移転したものということはできない。
五 そうだとすれば昭和四〇年八月一一日被訴人津村が初子に対して金三〇万円を、返済期を同年一〇月一〇日と定めて貸渡し、その際同人との間で本件家屋につき返済期に右貸金の返済のないことを停止条件とする代物弁済契約を締結したのに、初子が右返済期までにこれを返済しなかつた事実があるとしても、それによつて被控訴人津村が右返済期の経過とともに、本件家屋の所有権を取得するに由なきものといわなければならない。従つて、また、その後の昭和四〇年一二月二六日被控訴人津村と同横山との間に本件家屋の売買契約が締結された事実があるとしても、右契約によつて本件家屋の所有権が被控訴人横山に移転するものでないことも明らかである。
六 以上説示のとおり、本件家屋につき被控訴人等のためになされた前記各所有権移転登記は、真実に吻合しない無効の登記であるというべく、被控訴人らは控訴人のためにそれぞれ各登記の抹消登記手続をなすべき義務があるといわなければならない。
よつて、控訴人の本訴請求はいずれも正当として認容すべきであつてこれを棄却した原判決は不当である…